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「日本海」メイクアップシール製品化決定! 

すでに富塚通信でも触れましたが、先月惜しまれつつも引退した「日本海」
1950年に「日本海」という名称が設定された当初は、もちろん寝台特急など
ではなく、急行列車として北陸本線を疾駆していました。

そんな北陸本線の琵琶湖のほとり。米原~田村間のおよそ4.7kmという
短い区間に、間接接続方式のデッドセクションがありました。
このデッドセクションは、当時の様々な事情から地上設備を整えることが
出来ず、また交直両用の電気機関車の絶対数が圧倒的に足りなかった事
などから意図的に設置されたデッドセクションでした。
その為、SLのE10・D50・D51やディーゼル機関車のDE10などの電気に
頼らない機関車達が中継役の任にあたっていました。ちなみに田村駅の
向こう側で待つEF70は、日常的に目撃される一コマでした。
そして、後にこの区間に配属され看板列車だった「日本海」や「北陸」を
重連で牽引するようになったのがディーゼル機関車DD50です。

2012-04-06-01.jpg
グリーンマックスの電車庫から重連で出てくるDD50(ワールド工芸)

DD50は1953年、幹線運用を念頭に開発された電気式のディーゼル機関車。
1953年に3両が、続く1954年に3両の計6両が製造されました。
運転台および、牽引力の関係から基本的にはほぼ100%重連で運用。
しかも片側にしか運転台がない為に当然のことながら、重連は後ろ側
(運転台がないエンド)同士を連結するという珍しいスタイルでした。

製造当初は、上記写真の通りぶどう色でしたが、後にオレンジとグレーの
2色カラーに塗装し直されました。写真のDD50はワールド工芸の2次形仕様。
スカートのオレンジ塗装が特徴的です。

実はDD50は初めに転属された敦賀機関区でも、路線条件(勾配区間とトンネル)
の関係から急行「日本海」を牽引していました。
後に米原~田村間のデッドセクションの中継ぎ役へと転属したわけですが、
この転用によって、この区間のSLが淘汰されるにいたりました。

ちなみに余談ではありますが、DD50は1957年に半年間ほど4号機が四国に
転用され土讃本線にて単機で活躍。これが基本的にほぼ100%重連で
活躍したDD50の歴史の中で、唯一重連で活躍しなかった例外のようです。


さて、前回の富塚通信で少しばかりご紹介しましたとおり「日本海」の
メイクアップシール化が決定!早速製作に取り掛かりました。

今回の「日本海」は、先月のラストランに合わせてKATOから発売された
金帯・白帯混成の寝台特急「日本海」がプロトタイプです。

「24系寝台特急 日本海  6両基本セット」
「24系寝台特急 日本海  5両増結セット」

に対応したシール構成及びデザインとなります。前述してきたDD50が
牽引していた急行「日本海」ではありませんのでご注意を。

2012-04-06-02.jpg
24系寝台特急 日本海 基本と増結セット

現在車両は、製作スタッフによって計測中です。
「24系寝台特急 日本海」メイクアップシールは、近日発売予定です。
ご期待ください。



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category: 24系寝台特急日本海

Posted on 2012/04/06 Fri.   edit  |  tb: 0   cm: 0