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「151系」誕生までの苦難と突き付けられた課題 

1958年(昭和33年)、ボンネット形という外観の流麗なフォルムや、
東京~大阪間を7時間未満で走るという列車のスピードもさることながら、
全車冷房完備の車内設備や特急というに相応しい風格を携えた
「151系こだま」形は華々しく活躍し、一世を風靡しました。

前回の富塚通信にて「151系こだま」は「ひびき」号の補完が行われる程の
大成功を収めた事に触れました。ちなみに「こだま」の初年度乗車率は
90%以上を達成とビジネス的にも見事な結果を残しています。
しかし、その「151系こだま」の誕生までには、そこに関わった技術者や
鉄道マンたちに多くの難問が待ち受けていたのです。

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今回の富塚通信ではそんな「こだま」誕生までに辿った困難の道のりと、
その後、突き付けられた課題に焦点を当てて記事を書いてみたいと思います。

東海道本線が全線電化された昭和31年11月19日。全区間、電気機関車
牽引による「つばめ」「はと」で東京-大阪間を7時間30分での運転走行が
達成されました。

当時は戦後復興を目指し、輸送力増強と共に高速化を進めていたものの、
機関車牽引による更なるスピードアップとなると、当時の貧弱な地上設備を
大規模に改修する必要があり、例えば東海道本線で最高速度110km/hの
6時間30分を実現させるためには、単純試算でも軌道強化だけで5年の
歳月と当時の金額で150億円もの予算が必要となります。

これは1kmあたりに換算すると、約2500万円前後の予算が掛かることを
意味します。その他の電化設備や車両設備投資なども考えると予算的にも
歳月的にも不可能な要求でした。

そこで予算面はもとより、軽くて速いだけではなく快適な車両としての
電車が注目されることになりました。

~動力近代化を体現した「こだま」~

現代であれば、「電車は機関車に比べ軽量であり、高速性能にも静粛性にも
優れる」こう言われても何の疑義を挟むことなく首肯できてしまいますが、
残念ながら当時はそうではありませんでした。

むしろ「乗り心地が悪く、騒音も大きい電車列車は長距離には不向きである」
という通説が根強く、事実当時の車両ではそういわれても仕方のない状態でした。
そんな状況から、151系「こだま」の製造プロジェクトは始まったのでした。

まずは最新の技術で電車特急の優位性を示す必要がありました。
車体構造は可能な限りの大きさと居合的な空間づくりを目指し、軽量化と
安全性を両立したセミモノコック構造。騒音対策含め新たに作られたモーターは
中空軸平行カルダン駆動方式。高速走行では脱線の恐れのある横振れ改良を
施した新機軸空気バネ台車と高速運転での長距離走行を実現すべく、
各技術者が当時最高の技術を持ち寄って「151系」は製造されたのでした。

またその内装も、特急と呼ばれるに相応しい、当時として革新的かつ
画期的なものが揃えられました。
照明は蛍光灯によって、当時の国鉄の車内のおよそ5倍ほどにもなる
550ルクスの明るさを実現。現在では当たり前についている全車での
冷房完備も当時としては驚きの快適さとして迎えられました。

他にも車内電話やビュッフェにおける松下製のエアタオル、
東芝製の電気湯燗器、電気冷蔵庫や電気コンロといった電化製品も
151系で初めて電車で採用されました。

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左:ビュッフェ 右:食堂車厨房

そして何より、空気抵抗の低減と騒音対策の含んだ151系の代名詞となる
先頭車両の前頭部を流線形のボンネット型と、クリーム色に赤色の塗装が
施された車両は、バランスの取れたスビード感あふれるデザインを確立。

「先進国に負けない設備と性能を持つ特急電車を造る」という151系を開発する
上で技術者たちが目指した設計コンセプトに適う列車が出来上がったのでした。

勿論、こうした流れは6年後に運行が始まる新幹線計画に資するためもあったわけ
ですが、もう1つには国鉄内部の電車反対論者の存在も大きかったと思われます。
当時の国鉄では蒸気を含めた機関車に携わる職員が多く、電車の存在自体が
軽く見られていました。

それが実績も無いにも係わらず機関車を差し置いて、いきなり東海道本線の
花形列車にと話が持ち上がったわけですから、蒸気機関車組の職員とすれば
面白いはずがありません。
「151系こだま」の誕生は、同じ身内であるはずの反対論者に抗いつつの
プロジェクトでもあったのです。

余談ながら、こうした反対論者に隙を与えない対処の1例が、異例ともいえる
営業スケジュールに見て取れました。
「151系こだま」の営業開始は11月1日となっていますが、実はその一か月前の
10月にダイヤ改正が行われており、本来はそのダイヤ改正に合わせて
「こだま」は営業開始となるはずでした。

しかし、それでは乗務関係者の訓練期間が取れないばかりか、初期トラブルの
対応を行うことも儘ならないという事で、営業利益に目を瞑ってでも一か月間
という猶予を確保したのでした。
 
実際、初期トラブルは多発し、10月からスタートした試運転時には、走行中に
パンタグラフが吹っ飛んでしまう事故も発生。もし、10月のダイヤ改正に合わせて
営業運転を始めていたとしたら、「こだま」のその後の評価にまで影響を与えたで
あろうことは想像に難くありません。

こうして最新技術の導入と改良、国鉄内部の反対論者の思惑を巧みに
かわしながら、「151系こだま」は成功への第一歩を踏み出したのでした。

~その後、「151系」に突き付けられた課題~

人々の人気だけではなく、乗車実績でも申し分のない活躍をみせた
「151系」でしたが、電化路線の延伸にともなって、力不足を露呈する
機会が出てきました。

例えば、山陽本線の広島-岡山間にある瀬野八。この急勾配は補機が
なければ「151系つばめ」は登ることが出来ず、EF61が補機として牽引
する事に。ちなみに補機が必要のない下りと、補機を要する上りとでは
所要時間に約40分もの時間差が生じてしまいました。
評定速度で計算すると約15km/hもの差です。

また、関門海峡から西の交流区間の九州地方での運用では、直流仕様の
「151系」は自走できず、交流機関車が「151系つばめ」を牽引しました。
こちらも門司-博多間までの表定速度を計算すると、およそ66km/hとなり、
高速特急と呼ぶにはいささか腑に落ちない運用とならざるを得ない状況でした。

尚、東京-大阪間を6時間30分で走破した時の表定速度は85.6km/hと
なっており、その表定速度差は約20km/hにもなります。

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サヤ420を挟んで151系「つばめ」を牽引するED73

東海道新幹線の登場、そして東海道本線以外では本来の実力を
発揮できない151系電車は、存在の意義そのものを問われる事と
なったのです。

様々な困難を乗り越えて鮮烈なデビューを果たし、東海道本線にて
活躍した「151系こだま」は、昭和39年10月東海道新幹線開業により
惜しまれつつも引退。その栄光は実に6年という短さでした。

しかし、151系で培われた多くの技術と、そのスタイルは確かな一時代を
築き上げ、後の181系や485系電車へとつながる礎を鉄道史に残し、
当時の人々だけでなく、今なお愛される列車となっています。

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品番:TM-KN148
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category: 151系こだま・つばめ

Posted on 2021/08/01 Sun.   edit  |  tb: 0   cm: 0  

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